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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)167号 判決

名古屋市千種区下方町七丁目四〇番地の一

上告人

株式会社大東和建設

右代表者代表取締役

山内圀秀

右訴訟代理人弁護士

渡邊一平

名古屋市千種区振甫町三丁目三二番地

被上告人

千種税務署長 井指一吉

右指定代理人

齊藤雄一

右当事者間の名古屋高等裁判所平成八年(行コ)第三二号法人税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成九年六月六日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡邊一平の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、真実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文)

(平成九年(行ツ)第一六七号 上告人 株式会社大東和建設)

上告代理人渡邊一平の上告理由

第一 甲第一三号証について

一 原審は甲第一三号証に関し、「当審における右西山哲美証人の甲第一三号証ないし四に関する供述は極めて曖昧であるうえ、原審における同人の供述とも齟齬していて到底信用できない、当審における証人山内節子の右同号証に関する供述も曖昧かつ不自然であり、しかも、原審における同人の供述及び質問てん末書(乙第五五号証)の供述と異なるものであって同様に信用できない。」としている。

確かに、証人西山哲美の原審での証言には曖昧なものがあり、特に作成時期について、証言が二転三転している。

しかし、甲第一三号証が昭和五〇年代から六〇年頃に作成されたことについては、明らかである。ただ、記憶が曖昧なため、右期間の範囲内で証言が変遷しているだけなのである。甲第一三号証が右期間内に作成されたことについては、西山証人の証言からは明らかなのである。

しかも、記憶が曖昧で具体的な作成時期について証言が変遷することは、むしろ自然である。人間の記憶は元々あいまいなのであり、一〇年から二〇年も前のことについて記憶がはっきりしていることの方が、むしろ不自然なのである。

また、証人山内節子の証言も同様であり、細部について記憶が曖昧な部分があるのはむしろ、当然のことなのである。

二 更に、甲第一三号証の存在について、乙第五五号証や、第一審での証言内容と、山内節子の証言内容にはくい違いが認められる。

しかし、それは、節子の原審での証言内容にあるとおり、第一審の時点では、かかる証拠は発見されていなかったことから、第一審の代理人の方針として、書証が存在しないものという前提で審理に臨んでいたからにほかならない。

決して、甲第一三号証の存在を積極的に否定していたわけではないのである。

また、証人西山哲美が、第一審においてかかる書証が存在しないと証言した理由は節子の場合と同じである。

更に、乙第八号証や、乙第五七号証には、上告人(株)大東和建設代表取締役山内圀秀や山内節子の供述について、上告人主張の事実とは一部異なる内容が記載されている。

しかし、これらは、朝九時から夜一二時までという厳しい取り調べ状況のなかで、国税の査察官から、右査察官の期待する供述を事実上強いられたためのものであり、このことは、第一審中の山内圀秀の反対尋問における証言にも示されている。

三 しかも甲第一三号証はその書面の色、形状からして、一〇年以上まえに作成されたものであるということについては信憑性が高い。

四 以上から、甲第一三号各号証の信用性は高い。

五 そして、本件の争点は、上告人と、西山哲美との間で、本件土地を二億五〇〇〇万円と評価した上で、西山哲美が、上告人に対する借入金一億円及び山内節子に対する借入金一億五〇〇〇万円の支払いに代えて本件土地所有権を上告人に譲渡する旨の合意がなされたか(代物弁済類似の非典型契約が成立していたか)であり、特に、西山哲美が山内節子に対して一億五〇〇〇万円以上の借入金債務を負担していたかが、問題となるがこの西山哲美の山内節子に対する借入金債務の存在は、甲第一三号証により、明らかに裏付けられるのである。

即ち、甲第一三号証の一、二、三、四によれば、山内節子が、西山哲美に対して、金員を貸し付けていたことが、裏付けられるのである。

昭和四五年一二月一〇日付の借用証(甲第一三号証の一)によれば、三九〇〇万円が

昭和四五年一二月二八日付の借用証(甲第一三号証の二)によれば、一三〇〇万円が

昭和五四年 九月一五日付の借用証(甲第一三号証の三)によれば、五八〇〇万円が

昭和五九年 九月三〇日付の借用証(甲第一三号証の四)によれば、四〇〇〇万円が

貸し付けられていたことが裏付けられる。

右金額の合計は、一億五〇〇〇万円であり、右甲第一三号証の一乃至四によれば、山内節子から西山哲美に対して、少なくとも一億五〇〇〇万円貸し付けられていたことが裏付けられるのである。

右金額は、上告人が、第一審で主張していた約二億五〇〇〇万円には及ばないが(但し西山哲美の証言とは符合する。)、本件土地による代物弁済の弁済金額二億五〇〇〇万円中、山内節子が西山哲美から弁済を受ける金額分である一億五〇〇〇万円と同一の金額なのである。

しかも、右甲第一三号証の一乃至四までには、債務不履行の場合、本件土地を代物弁済に供する旨が明記されているのである。

六 これに対して、原審は、「また、少なくとも、右第一三号証の一は、総額と内訳の金額の合計額が異なること、同号証の二の作成日付及び借受日は昭和四五年一二月二八日であると記載されているところ、その使途は二年前の昭和四五年九月ころ開店(原審証人西山哲美の証言)の磯波園の開店費用等であるというものであること、同号証の三および四は、金員借入時よりも数年後に作成されたことになること、その他右甲第一三号証の一ないし四には、理解困難な記載内容が多くあり、同号証は到底信用できず、控訴人の右主張事実は認める余地はなく、」としている。

しかし、甲一三号証はそれぞれ右書証作成時までの借入をまとめて書いたものであり(原審での証人西山哲美、山内節子の証言)、実際の借入の時と時期が異なるのは当然のことである。

また、法律関係書類に詳しくない西山哲美らが、形式や内容において、不十分な借入書等の書類を作成することは当然のことである。形式や内容が不十分であったり、理解困難な記載が存在することと、その証拠の真実性とは何ら関係のないことである。むしろ、西山哲美らが専門家に相談せずに、本件の甲第一三号証のような法律関係書類を作成した場合、形式や内容に不備が存在することは極自然なことなのである。

七 以上に述べたことから明らかなように、甲第一三号証には、信用性が十分認められ、右信用性を無関係な根拠で否定している原審には、理由齟齬ないし理由不備の違法が認められる。

第二 代物弁済契約類似の契約の成立について

一 第一審は、代物弁済契約証書の成立について、西山の口頭の承諾を得て作成した旨供述したことについて、その信憑性を否定している。そして、原審も右判断を支持している。

しかし、山内圀秀、西山、節子の関係からして、かかる事態は十分にあり得るといえる。

また、甲第一三号証からすれば、右代物弁済証書の成立も裏付けられることになるのである。

更に、乙題二四号証によると、西山は名古屋国税不服審判所において、国税不服審判官に対して、右証言とは異なる供述をしていることが、認められる。

しかし、これらは、朝九時から夜一二時までという厳しい取り調べ状況のなかで、国税の査察官から、右査察官の期待する供述を事実上強いられたためのものである。

二 第一審においては、節子の西山に対する貸付けを裏付ける書証は全く提出されていないこともって、貸付けを否定している。

しかし、甲第一三号証によれば、節子の西山に対する貸付けは明らかである。

三 次に第一審は、昭和五一年四月一〇日から昭和六二年九月一八日までの間に、節子または西山名義で、多数回にわたり金員が振込まれていることを認定しながら、これらの金員が振込まれた理由を個別的に特定するに足りる証拠などとしている。

しかし、甲第一三号証の存在からしても、節子の西山に対する貸付金であった蓋然性は極めて高いものと言わざるをえない。

四 また第一審は、昭和五五年から六〇年までの間の、節子の税務署への申告書について西山への貸金が記載されていないことや、高額納税者として公示されたことがないことをもって、貸金の存在を否定している。

しかし、甲第一三号証の存在からしても、貸付金の存在は認められるし、税務署に把握されていない資金が存在すること自体、納税者の態度としての当否はべつして現実の社会においては、無数に存在するものである。

これに対して、原審は、「控訴人は、節子はいわゆる水商売を営んでいたところ、水商売においては、申告しない金銭の流れが多く、節子が高額納税者ではなかったとしても、資産を有していなかったにはならない旨主張するが、節子が水商売をしていた事実から、直ちに節子が磯波園への融資財源を有していたことが、認められるものではないし、これを認めるに足りる証拠はない。」としている。

確かに、水商売を営んでいたことが、融資財源を有しているという根拠に直ちに結びつくものではない。

しかし、被上告人の主張するような、「資産を申告していないから、融資財源がなかった」という命題を否定する根拠になることは、明らかである。

五 また、このことは、磯波園の決算報告書に西山からの借入金が計上されていないことにも当てはまるものである。

六 次に第一審は、仮に節子が西山に対して、磯波園の経営を助けるために金員を交付したことがあるとしても、それらの金員について借用証の作成、返済期限や利息の催促がされたことを認めるに足りる証拠がないこと、税務署向けの書面に記載がないこと節子と西山が内縁関係にあったことを理由として、贈与の可能性があるとしている。しかし、証拠は存在していること(甲第一三号証)、税務署向けの書面に記載がないことについては、前記のとおりの反論があてはまる。そして、内縁関係であったから贈与であるとの主張に対しては、そのように断定する根拠は全くなく、むしろ、籍の入っていない男女間の金員の交付は、小遣い程度の額であればともかく、そうでない限り贈与より、消費貸借であると推定されるべきである。

七 更に、第一審は、本件土地について移転登記をする前に、原告代表者と西山との間で節子の西山に対する貸金の額について書類などによって確認することがなかったと指摘している。

しかし、当事者間では、貸付金の存在は明らかであったし、甲第一三号証もそのことを裏付けている。

八 原告と節子との間の清算について第一審は、確定申告書において、原告(控訴人)の節子に対する負債が、計上されていない旨主張するが、税務署向けの書類が、真の権利関係を現していない場合も、実社会においては少なからず存在していることは前記のとおりである。

九 更に第一審は、名古屋市東区所在のダイアパレス東白壁A棟八〇六号室について、原告(控訴人)から高安ひとみに対して所有権移転登記がされており、原告が買い受けた後、西山が右不動産を取得したとすべき事実は認められないとしている。

しかし、税務署向けの書類が真の権利関係を現していないのと同様、不動産登記簿においても、かならずしも真の権利関係や権利移転の過程が正確に反映されているものとは限られない。実社会においては、中間省略登記は少なからず存在するし、最高裁判例も、中間省略登記の効力を認めている。

一〇 以上から、上告人主張の代物弁済類似の契約が成立していたことは明らかである。

第三 本件土地の取得価額について

一 これまで述べてきたことから明らかなように、(上告人、西山、節子間において、代物弁済類似の契約が成立していたことは明らかであり、本件土地の取得価額は二億五〇〇〇万円である。

これに対して、第一審は、右契約の成立を否定し、本件土地の取得価額を七四四八万円九一〇〇円であると認定している。

しかし、契約の成立が肯定されるべきことは前記のとおりである。

二 そして、上告人主張の取得価額は、第一審認定の、認定価額よりも近似しており、鑑定結果との対比からも、右鑑定結果に適合的である。

即ち鑑定結果によれば、本件土地の取得価額は、一億七〇二四万九〇〇〇円であるこれは、第一審の認定した価額とを対比すると、鑑定価額は、原審認定の取得価額の二・二九倍であり著しい差がある。

これに対して、上告人主張の取得価額と鑑定結果とを比べると、上告人主張の取得価額は鑑定結果の約1・49倍であり、それほどの差はない。

このように、上告人主張の取得価額は、原審認定の取得価額よりかなり、鑑定結果に近似しているのである。

このことからも、上告人の主張の正当性が裏付けられる。

三 これに対して、第一審は、「西山は・・会社の債務が整理できるのであれば、価格的には必ずしも有利でなくとも本件土地を処分したであろう状況にあったのに対し、原告は、本件土地を取得しなければならない状況にあったとは認められないから、価格的に有利でなければ取得しなかったもとの考えられるのであり、このような事情からすると、本件土地の取得価額が、客観的な価格よりも低額であったとしても、不自然ではない。」としている。

しかし、かかる認定は、約二・三倍もの鑑定結果との差を説明にするには、あまりにも粗雑な論法である。

のみならず、第一審(それを支持する原審)のよってたつ前提は基本的に誤っている。即ち、節子および上告人(実質的には山内姉弟)が西山に対する貸金を回収する唯一の拠り所は、本件土地以外ありえなかったのである。

節子及び上告人は、当初から本件土地のみをあてにしていたのであり、本来の貸付金全額の回収が不可能であり、その一部にしか充てられなくても、とにかく本件土地を取得することにより、弁済にあてようとしていたのである。

また、西山も当初から、節子らに対する返済の拠り所は、本件土地であったのであり、実際の貸付金に満たなくても、とりあえず、本件土地で清算できるのなら、それは本来本望であったのである。もっとも、西山は、他に売却しようと思ったこともあったが、それは、現金を取得できるということからの、一時の気の迷いにすぎないのである。

四 以上から、本件土地の取得価額は二億五〇〇〇万円である。

原審は、これらの点については、何ら理由を述べていない。

第四 結論

以上述べたことから明らかなように、原審には、理由齟齬ないし不備があり、破棄を免れない。

以上

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